猫の避妊手術・早期不妊手術について
お問い合わせの非常に多い「猫の避妊手術」について、2023年時点での当院の方針・術式内容をまとめておこうと思います。手術などショッキングな写真が多いのでお気をつけください。
猫の避妊手術の目的
主に2つあります。
1.望まない繁殖を防ぐ
2.将来の乳腺腫瘍の発症、卵巣子宮疾患の発症を防ぐ
1.望まない繁殖を防ぐ
猫は繁殖力が強く、メスですと早いと生後4ヶ月から発情がきて、妊娠可能となります。妊娠期間はたったの2ヶ月ですので、飼い主さんが気づかぬまま出産ということが多いです。年に1,2回度発情するとして、1回の発情・交尾で3頭から5頭くらい出産すると考えると、そのまま放置しておくと数年で何十頭という大変な数となります。近年問題となっている「多頭飼育崩壊」は、飼い主さんが最初オスとメスを2頭飼育していたのを避妊去勢しなかったことが理由となっていることが多いです。不幸な命を増やさないためにも、避妊手術は必要です。また、発情は大声で鳴いて近所迷惑になったり、猫自身もストレスとなります。繁殖させるつもりがないのであれば、やはり猫のためにも避妊すべきでしょう。
2.将来の乳腺腫瘍の発症、卵巣子宮疾患の発症を防ぐ
猫の乳腺腫瘍は悪性であることが多く、米粒大だったとしても大きく切除しなければならなかったり、命に関わります。詳しくはこちらの乳腺腫瘍のページをご覧ください。そしてこの病気は生後6ヶ月までに避妊手術を行えば発生率を91%低下させることがわかっています。ちなみに、2歳を超えての避妊手術ですとその効果はないと言われています。乳腺腫瘍自体は12歳くらいからの発症が多いと言われ、いずれにしろシニアの体では治療が非常に負担となります。
また、卵巣子宮疾患は、卵胞嚢腫、子宮水腫、子宮蓄膿症とありますが、加齢とともに現れる疾患です。人間の女性も20,30歳代から子宮筋腫などが現れるのと同じですね。犬に比べ猫は2,3歳でも子宮蓄膿症になる子が見受けられます。これらも治療が卵巣子宮の摘出となりますので、いわゆる避妊手術です。病気になってからの手術の方がもちろんリスクは上がります。これらは子猫のうちの避妊手術で防ぐことができる病気です。
避妊手術のデメリット
避妊手術にデメリットがあるとすれば、猫への全身麻酔の負担です。しかし1歳未満の子猫の手術は大抵30分ほどですし、その前にしっかりと術前の検査を行うことがほとんどと思われます。しかし先天的な疾患や体質で大切な命を失うことが絶対ないとは言いきれません。呼吸や心拍血圧のモニターをしっかり行いながら執刀します。それでも獣医師が避妊手術を推奨するのは、それに勝るメリットが上述のようにあり、そちら(乳がん・卵巣子宮疾患)で命を落とす子の方が圧倒的に多いからです。また太りやすくなると言われておりますが、それは適切な食餌管理と運動で十分管理できる範疇です。ごく稀に性格が変わったという飼い主さんがおりますが、雌猫に関し大きな性格の変化はないと考えられます。もしあるとすれば、生後6ヶ月以降、少し大人になり警戒心が強くなってからの動物病院受診と手術でトラウマになった、という経験によるものではないでしょうか。あくまで私見ですが、生後4ヶ月くらいのまだ幼いうちの避妊手術は精神的なトラウマも少なく、そういった性格の変化は見受けられないと思います。
手術の時期について
ここまでお話しすると、まあ「早い方が良いのだろうな」と察していただけると思いますが、当院では一般家庭の猫ちゃんでは生後4ヶ月から6ヶ月の間で推奨しております。例えばオスとメスの兄弟で飼育して、うっかり交配してしまったらと心配であれば、生後4ヶ月くらいで良いのではないでしょうか。ただし、例外として歯並びが悪くなりそうな猫種の子に関しては、歯の生え変わりの経過を観察しながら避妊のタイミングをご提案することもあります。鼻の短い種類、アメリカンショートヘア、ブリティッシュショートヘア、エキゾチックショートヘア、ペルシャ、マンチカンなどの子では不正咬合と言って歯並びの異常が認められることがあり、治療は全身麻酔で行います。生後6ヶ月くらいの乳歯が永久歯に変わるタイミングで異常が判明するので、それに合わせて避妊手術を行えば、全身麻酔は一度で済むからです。猫の不正咬合についてはこちらのページをご覧ください。
早期不妊とは?
耳慣れない単語かもしれませんが、もしかしたら飼われている猫ちゃんが元保護猫の場合、早期不妊されているかもしれませんね。早期不妊とは一般的に生後2ヶ月前後から避妊去勢手術を行うことです。
通常の手術よりだいぶ早い時期になりますが、目的はズバリ「繁殖制限」です。当院では保護主さんや愛護団体さんが保護猫を里親さんに譲渡する前に避妊手術を推奨しています。これを「譲渡前不妊手術」と呼んだりしますが、例えば外や屋内で過剰に増えた子猫が保護されたとして、その子達を里親に出した時、避妊手術がされなかったり、外に出てしまうとまた繁殖してしまうわけです。これらを未然に防ぐために20年前くらいからアメリカのシェルターから始まり、譲渡前不妊手術が普及してきました。早期不妊は、過去に「オスの尿道の成長に影響し泌尿器疾患になりやすい」などと言われた時期もありましたが、これらはその後の研究により早期不妊とそうでない去勢オスで発症に大きく差はないと言われております。つまりメスならさらに猫において早期不妊に明らかなデメリットはありません。当院では大体体重1kgくらいから実施しております。気をつけるのは低体温と低血糖ですが、こちらは手術前にしっかりご説明させていただいて予防できることです。正直に申し上げますと、早期不妊手術は猫も可愛いし、腹腔内脂肪も少なく手術しやすく出血も少なく、短い時間で済むのでとても楽です。保護した猫の譲渡をお考えの際はぜひご検討くださいね。
実際の手術は?
雌猫の避妊手術には卵巣子宮全摘出術と卵巣摘出術があります。卵巣摘出のみでも効果は問題ありませんが、子宮の異常を見逃す可能性を考え、当院では卵巣子宮全摘手術を行っています。ごくまれに以下のような異常が認められることもあります。
以下に一般的な手術の流れを記載します。
1.全身麻酔をかけ、お腹の毛を剃って、消毒します。
2.おへそから少し下の部分で1cmほど縦に切開し、卵巣と子宮を腹腔から出します。
3.左右の卵巣を堤索や血管から片方ずつ切り離します。
4.子宮体の部分で縛って卵巣子宮を摘出します。
5.お腹の筋肉や皮下を縫った後、皮膚を皮内(埋没)縫合という糸目が外に出ない縫合で縫います。
皮内縫合のメリットは、糸目が外に出ないため猫が舐めて糸を取ってしまうリスクが少ないため、エリザベスカラーや服帯、術後服などを用意する必要がないことです。また組織と反応して吸収される糸のため、術後に抜糸の必要がありません。デメリットがあるとすると、通常の縫合より技術が必要で時間がかかりやすい、糸が吸収されるまでに時間がかかり、まれに腫れる(しばらくすると自然に腫れは引きます)ことです。野良猫ちゃんの避妊手術では抜糸の必要がないこの方法が主流となっており、当院ではよほど大きな傷口でない限り全ての避妊手術を皮内縫合としています。
術後の合併症は?
まれですが、手術後に合併症が生じることがあります。まず、傷口の感染。当院は無菌的処置を行う際に不必要な抗菌剤の処方はいたしません。ほとんどがそれで問題ないですが、不衛生な環境、執拗に傷口を舐めるなどがあると傷口がいつまで経ってもジクジクするかもしれません。当院では開業以来、避妊手術由来の感染は0件です。次に、卵巣の取り残し (卵巣遺残)、もしくは副卵巣による避妊後の発情。ごくごくまれに避妊手術をしたにもかかわらず発情があることがあります。非常に鑑別が難しいのですが、お腹の卵巣周囲の脂肪がたくさんあると卵巣の一部が取り残されていたり、また先天的に副卵巣という組織が通常の卵巣と別の場所にあり、適切に卵巣を摘出していても発情が来てしまうことがあります。その際はホルモン検査や画像検査、試験的開腹などで残っている卵巣組織を摘出する必要があります。最後に子宮断端腫です。こちらも非常に稀ですが、卵巣の取り残しがある場合や、不適切な縫合糸を用いた場合に、取り除いた子宮の断端に膿が溜まることがあります。超音波エコー検査などで確認し、こちらも試験的な開腹を行い可能な限り摘出する必要があります。いずれも非常にまれですが起こることがある合併症です。後者二つは、よく切開を小さめに行った場合に起こりやすいと言われております。十分な視野が確保できない場合は、無理せず大きくお腹を開ける必要があります。小さな傷口は猫の負担も小さいし飼い主さんからも好評ですが、そのために無理に組織を引っ張ったり、狭い視野で不確かな手術を行うのは避けるべきです。
さて、ざっと猫の避妊手術についてお話ししました。動物病院によってご予約の流れは違うと思いますが、当院では最低でも一回、手術前に猫ちゃんを診察でみせてもらいます。子猫ですといわゆる初期医療(ワクチン、エイズ白血病の検査、寄生虫予防)が済んでいるか、マイクロチップは入っているか、麻酔中に一緒にチップを挿入するか、術前検査はどこまでするか(血液検査のみ、レントゲンも行うかなど)などを診察で相談します。また、そもそも性別は雌なのか?も確認しますし、歯並びや臍ヘルニア(でべそ)など避妊手術と同時に行うべき処置がないかを相談します。そして、手術の日を予約してもらいます。当日は朝ごはんは抜いてきてもらい、午前中にお預かりします。お昼に手術を行い、問題なければ18時ごろにお迎えに来ていただきます。当院は日帰りですが、病院さんによっては一泊するところもあるようです。
このように、動物病院さんによって手術の方法もスケジュールも違います。基本的には、子猫のうちにワクチンなどで通った病院さんをかかりつけとして手術もおまかせするのが良いと思います。ただ飼い主さんの中には「かかりつけ病院だと生後6ヶ月じゃないと手術してくれない」という相談もいただきます。早期不妊や皮内縫合、日帰りの手術など、当院の手術に興味がある方はご相談くださいね。ざっくりとした最低限の費用はこちらです↓。
初日:初診料 1760円、術前血液検査6600円
当日:再診料880円、避妊手術 22000円
基本的に抜糸、内服薬、再診などなし
練馬区お住まいの方は飼い猫の助成金 雌3000円、雄1500円などご利用できます。