猫の口腔内扁平上皮癌(FOSCC)

歯科、口腔外科の診察をしていると定期的に遭遇するのが、猫の口腔内扁平上皮癌(Feline Oral Squamous Cell Carcinoma)です。高齢猫の口の痛み、食欲不振として歯周病など歯のトラブルと勘違いされ、診断が遅くなってしまうケースもあります。実際、当院にはそういった猫ちゃんが「歯科処置希望」で来院され、実はがんであったというケースがしばしばあります。扁平上皮癌は扁平上皮細胞が腫瘍化することで起きますが、猫の口腔内の腫瘍のなかで最も多いとされています。他にはリンパ腫、唾液腺癌、繊維肉腫などがあり、いずれも悪性です。つまり猫ちゃんの口のなかのできものは悪性がほとんどなので、早め早めの受診、診断治療が不可欠なのです。

猫の全腫瘍の約10%が口腔内腫瘍

口腔内腫瘍の約90%が悪性

口腔内悪性腫瘍の60〜70が口腔内扁平上皮癌

口腔内扁平上皮癌は猫の腫瘍の4番目に多い

上記のデータを見ても、歯科に興味があるなしに関わらず、猫ちゃんにとって脅威的な存在であることは明確です。発生部位は下顎、上顎および舌根部が多いですが口唇や喉の奥(咽頭・喉頭)にも発生します。発生年齢の中央値は13歳とシニアに多いですが、1.5歳から発生が認められています。発生要因としてノミ取り首輪、ツナ缶、タバコの副流煙があげられています。

臨床症状

口を引っ掻く、食欲不振、体重減少、よだれ、口の痛み、赤み、潰瘍、ほっぺたが腫れたなどの飼い主さんの訴えでいらっしゃるケースが多いです。

身体検査所見

口臭・涎・痩せている・脱水などがあります。発生部位によって外観はかわるため、みためは歯周病や口内炎、潰瘍にみえることもあります。

発生部位による3タイプ

1.歯肉

左上顎から発生した扁平上皮癌。歯肉がめくれ骨が露出しかなりの痛みを生じている

別の猫。上顎に赤く潰瘍があり、組織病理検査で扁平上皮癌と診断。

2.舌根部

触ると硬いことがわかる、見た目では非常にわかりづらかった舌の扁平上皮癌

つまむと硬く、厚みがある。

3.顎骨中心性

拡大図 右下顎が増大している

同症例のレントゲン写真。下顎が不整に骨増生しているのがわかる。

上記のように所見は様々です。

ほっぺたが腫れた猫。かかりつけで唾液腺嚢胞と診断されていたが徐々に食欲が落ち、当院で検査したところ扁平上皮癌だった。

一般的には上の写真のように腫瘍が大きくなり顔の形が変わってきたり、壊死を起こし涎も増え、強い匂いが出てきます。

診断

このように扁平上皮癌は症状が多岐にわたるため、ほかの腫瘍や病気との鑑別が非常に大切です。表層だけの検査ですと強い炎症、化膿、壊死した細胞により誤診してしまうことがあるため、鎮静や全身麻酔下でしっかりと組織を取る検査を推奨します。下の写真は針で腫瘤から吸引する細胞診ですが、それでも特徴的な細胞が見受けられます。

青い細胞質が特徴の扁平上皮細胞

ほか、レントゲン検査や必要に応じてCT検査などを行い腫瘍の広がりを確認します。

転移・浸潤

扁平上皮癌はその部位で深く浸潤することが多く、転移する部位は所属のリンパ節(下顎リンパ節など)がほとんどで、遠隔転移はまれです。しかし手術を検討する際は、全身を評価して転移の有無を確認します。

治療

扁平上皮癌は悪性で、残念ながら生存期間中央値は1〜3ヶ月、1年生存率は10%以下と厳しいものです。治療法には外科療法、放射線療法、化学療法、温熱療法、凍結療法およびこれらの組み合わせがあります。現状では外科が第一選択とされますが、発生した場所が上顎、舌などで完全切除が困難であったりし、選択されないことも多いです。また切除は成功しても、その後自力でご飯を食べることができず、生涯胃チューブから介助する必要がでることもあります。放射線療法も寛解まで導くことは難しく、主に痛みの緩和目的で実施されることが多いです。化学療法では一般的な抗がん治療での反応は乏しいことが多いですが、分子標的薬のトセラニブと、非ステロイド系消炎鎮痛剤を組み合わせた治療で、SD(安定)の期間が延長したというデータもあります。当院でもこちらの治療を選択することが多いです。

 

緩和ケア

扁平上皮癌は痛みによりご飯を食べなくなったり進行も早いため、治療を行うにしても並行して緩和ケアも行う必要があります。また高齢猫での発症が多いため、持病としての慢性腎臓病などが脱水で悪化するなどの合併症のしばしば見受けられます。そのため点滴などの治療も併せて行うこともあります。

保護された外猫。腫瘍により眼球が押され突出してきている

同様に保護された外猫。亡くなった後病理解剖により扁平上皮癌と診断。

外貌が日に日に変化してくため、かみ合わせが悪くなり歯が唇に刺さってしまったり、出血が止まらない、口が閉じなくなることもしばしばあります。

左上顎が腫れ、下顎の犬歯がささっている

全身麻酔下で抜歯及び生検で扁平上皮癌と診断

緩和のためにその部位の歯を抜くこともあります。痛みのケアを行うこと、また食べることが難しくなるため、積極的に行うのであれば胃チューブを設置します。口が痛いと投薬も困難になることもあり、麻薬取扱にはなりますが痛み止めとして皮膚に貼るフェンタニルパッチなどを使うこともあります。(麻薬取扱のある病院のみ)「積極的なことはしなくていい」、「苦痛だけ取って欲しい」とか、「食べないのだけが心配」というお話はよくうかがいますが、残念ながら全ての希望をかなえるのが非常に難しいのが口腔扁平上皮癌です。なるべく早期に発見すれば、部位によっては完全切除が可能です。なにかあれば様子をみず早めにご相談ください。

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